英国週刊誌の医療記事

日本で臨床医をしています。Plab2合格まで辿り着いたものの。。好きな雑誌のイギリス医療の連載を訳してお届け。ボロボロのNHSは日本医療の未来の姿か?!

Health Warning: 心血管疾患とCOVID

No.1618 1 March-14 March 2024


Breaking hearts
英国には760万人の心血管疾患の患者がいる。男性は400万人、女性は360万人。Pre-Covidではこれら心血管疾患は年間全死亡例の27%(17万人/年)で75歳未満の死亡原因の中で最も多いものだった。2023年6月、英国Heart Foundationは、パンデミックの始まりから10万人の心血管疾患による超過死亡があったと発表した。冠動脈疾患、心筋梗塞、脳梗塞で2022年には49000人以上もの人が早く亡くなり、これは2008年以来最も多い人数である。さて、なぜなのか。


コロナのせい?コロナワクチンのせい?
昨年the Office for National Statistics(ONS)は、イングランドの心疾患リスクについて12−29歳の若年層にCovdワクチンとコロナ感染がどのくらいのインパクトを及ぼしたか調べた。その調査によると
1. コロナワクチン接種後12週間以内群と12週間以上経過した群を比較したがいずれも心疾患による死も他の原因による死亡も2群間で差はなかった。


2.若年女性では non-mRNAワクチン(eg アストラゼネカ)の初回接種後が有意にcardiac deathのリスクが高かった。ワクチン後12週間以内はそれ以降より3.5倍リスクが高かった。


3. non-mRNAワクチン接種群は一般人口よりワクチン後臨床的に重症だった


4.若年女性でnon-mRNAワクチン初回接種後の15人のcardiac deathのうち11人がワクチン関連死を疑われた。これは10万人女性あたり6人がnon-mRNAワクチン関連死だったと同義である


5. 男性に関してはどのタイプのワクチン後であろうがcardiac deathも他の原因による死もリスクは上がらなかった


6. COVID陽性はcardiac deathも他の原因による死のリスク因子だった。そのリスクはワクチン未接種者の方が接種者より高かった。


 要するに、コロナ感染はコロナワクチンよりも患者の炎症のリスクを上げ、心血管に及ぼす長期予後はコロナ感染ではより重症になりワクチン接種者は重症化を防げていた。しかしながら、若い人だけは特定のワクチンタイプによりワクチンによる有害事象を呈することがある。とまとめることができる。


治療の遅れ
心血管疾患による超過死亡が増加した主な理由は、増える需要に対して治療開始が遅れているからだろう。Chest pain clinic受診は狭心症が心筋梗塞に発展するのを防ぐためであり2週間以内と設定されているにも関わらず実際は6ヶ月待ちである。heart attackがあった場合は経皮的冠動脈インターベンション(PCI)が救命処置であり、さらなるheart attackを予防する効果がある。しかも局所麻酔で施行可能である。手の橈骨動脈から心臓までワイヤーを入れ、狭窄した冠動脈をバルーンで広げたり金属のメッシュ、ステントを挿入する。Heart attackからPCIが早ければ早いほど成功率は上がる。The National Institute for Health nd Care Excellence (NICE)はST上昇心筋梗塞 (STEMI)患者が発症から12時間以内に受診した場合は直ちに300mgのアスピリンを内服(決戦による心臓へのダメージを減らす)、2時間以内にPCI を施行することを推奨している。12時間以上経過してからのPCIも行われるが、成功率はぐんと下がる。救急車の遅れ、PCIの遅れ、ステントが入るまでの遅れが致命的なものとなる。PCIができない場合のもう一つは血栓溶解薬を導入することだが、やっぱりこれも早ければ早いほど良いのである。


脳梗塞
脳梗塞からの回復も時間勝負である。血栓溶解薬は発症から4.5時間以内に開始されるべきだし、血栓除去は6時間以内に施行されるべきである。つまり現在報告されている救急車を待つ時間90分ではheart attackも脳梗塞も助かりにくいと言える。運よく病院に運ばれても心血管センターなどへの搬送にはもっと時間がかかる。


Numbers game
ほとんどのPCIはNHS centersでheart attackの後緊急(primary PCI)に行われる。予定のPCIは開胸して冠動脈バイパスグラフとの代わりとして行われるが、こちらはNHSとプライベートセンターと両方で行われている。パンデミック前は年間PCI件数は人口100万人あたり1550であった。2020ー2021年では1352件に減少、つまりパンデミック中はPCIをせずに重症化しているか亡くなっているかどちらかである。


年取る心臓専門医
heart attack後のprimary PCIはサクセスストーリーとして素晴らしいが、果たして継続可能か。24時間稼働するということは、朝4時に8人のチームが必要で、50%以上の心血管専門医は50歳以上である。歳をとった心血管専門医が若い医師たちと同じように働いているのである。呼ばれて忙しかった夜勤の後回復するのにどれくらいかかるかと心血管専門医にアンケート調査したところ、25%は1日かかる、59%は2日かかる、13%は4日かかる、3%は1週間かかると回答している。不規則な睡眠とシフト勤務は鬱、食習慣の乱れ、飲酒、認知力、判断力の低下と強く関連している。よほどの緊急でない限り夜10時以降の手術は控えるようにと外科医は言われているにも関わらず、心血管専門医はオンコールの週末に大体15の緊急処置をし、そのほとんどは夜間に行われ、いつheart attackが起こってもすぐに治療ができるようにと働いている。
 たくさんの専門医は忙しい夜のオンコール前には日中カテーテル室で待機カテーテル処置を一日中しているため、推奨される回復のための1日オフはもらえない。そしてオンコールの給料もその大変さを反映していない。一部の専門医はPrimary PCIに並行してペースメーカーサービスや他の病院のオンコールなどで働いている。あるベテラン専門医曰く「私たちは患者を救っているかもしれないが、安いお金で医者を殺しているようなものだ。」皮肉なことに疲れ切った専門医がNHSの休憩日をプライベートクリニックのアルバイトに当てて生活費を稼ぐのもよくある話して前述のベテラン医は「危険すぎて馬鹿げている」と述べている。


最近の若い医師達
最近の修行中若年医師の半分が緊急処置primary PCIのオンコール担当に組み込まれていないため、ベテラン医が倒れても代わりに入ってくれる人はいない。多くのEU循環器センターでは10年primary PCIなどを行う施設で活躍した後、健康のために引退し体に負担のない仕事にシフトする。イギリスでは、ベテラン医が高齢であるため夜中に何度も何度も起こされても疲労し切っていて治療が遅れるリスクがある。しかし、EUモデルを踏襲できるくらいの専門医はこの国にはおらず、若い医師に過酷なオンコールを強いるため、より離職率は高くなる。


Numbers v hours
もう一つの問題は、PCIの認定医資格を維持するためには1年あたり75例のカテーテル件数を経験しないというルールのせいである。件数を稼ぐためにどれだけ疲れていてもこの手技をする医師もいれば、悪い結果を防ぐために難しくて重症の患者を避けて軽症患者のカテーテル処置だけをする医師も出てくる。現実には、現役世代がkillerと騒がれないようにするためにもユニットの中で高齢の医師が一番厄介な症例を担当する羽目になってしまっている。


もっと大きな循環器センターが必要?
2020−2021年、計117(公立98、プライベート17)の循環器センターがPCIをやっていた。この医療を継続可能にしてふんだんなスタッフを雇い安全を保つには、各地域に大きな心血管センターなるものを作り夜間のprimary PCIを担わせ、緊急カテーテル以外は周りの施設が日中にすべきである。しかしこの方法はセンターから遠くに住む人が治療を適切に受けることができなくなる問題を生じる。特に最近の救急車の遅さを考慮するとより危険である。でももしなんとか病院まで生きて辿り着けても、少なくともそこで働く医者は休養をしっかりとっていないと結局生き残れない。


Cut off?
筆者はカテーテル専門医に、今までステント挿入術を受けた最高齢の患者は何歳かと聞いたら不安定狭心症、パーキンソン、痴呆がある103歳だそうだ。彼女は明かにステント術に適した体の状態ではなかった。ステントは寿命を延ばしたわけではないだろうが、開胸手術するよりも何十分の一のコストとふくさよ副作用で狭心症症状を改善させたことは確かである。この高齢化社会で、いつ「治療しない」決断ができるのか?とりあえずカテーテル件数稼ぎが必要なうちは。。